僕はこの年齢になるまでに、転職を20回こなしています。派遣やアルバイトも含めての数ですが、それだけ繰り返しながら、ようやく運送業という、自分にとって天職と思える仕事に出会えました。
40代後半でも意外と転職できるよ、正社員にもなれるよ、ということを、今不安に思っている人に伝えたいと思っています。
転職回数が多い40代の方、そこまで不安に思わなくていいよ、という記事にしていきます。よかったら最後まで読んでいってください。
転職回数が多い40代の僕の職歴|派遣・工場・現場を渡り歩いた20回
まずは47歳の僕がどんな職歴を歩んできたのか、派遣や工場や現場を渡り歩いた20回を、ざっくり説明していきます。
転職回数10回以上どころか派遣だけで9回
個人的な意見なんですが、転職回数10回以上って、たぶんやばいと思うんですよ。多すぎる。それなのに僕は、派遣だけで9回転職しています。
履歴書もかなり書くほうだと思います。職務経歴書に書き込むときなんて、すごい量になります。
工場・スキー場・福祉・現場まで、渡り歩いた仕事の内訳
最初は工場で作業をしていましたが、スノーボードにハマって雪山に行った頃から、いろんな職場を経験するようになりました。
- 肉まん工場の製造
- 携帯の基板の製造
- スキー場のディガー(キッカー、つまりジャンプ台を作る仕事)
- 某建機の部品をフォークリフトで運ぶ仕事
- 精密機器の水のフィルターの製造
- エアバッグの工場
- カレンダー工場
- ダクト屋でのダクト製造
- ランサーズなどでのウェブライター
- 社会福祉法人での送迎や教育、介護福祉の仕事
- 復興支援
本当に、さまざまな現場の仕事を経験してきました。全部の職歴はプロフィールにまとめています。
そして今は、運送業で働いています。運送業は楽しいですね。一人だし。
同じ会社に出戻りしたのは3社
あまり仕事に興味がなかったので、同じところに戻ったことも何度かあります。
1つ目は、某建機の下請けで、ショベルカーなどの部品をフォークリフトで運ぶ仕事。重量物ですね。2つ目は、水のフィルターの製造工場。3交代でしたが、お給料が良かったので戻りました。3つ目はエアバッグ工場のピッキングの仕事で、派遣会社にお願いして戻らせてもらいました。
正直、同じ場所に戻るのは、あまりいい気持ちはしなかったですね。人の目も気になったし。
仕事は派遣会社の紹介・ハローワーク・転職エージェントで探してきた
何度も言っていますが、仕事にそれほど興味がなかったので、仕事探しは派遣会社の紹介や、ハローワークで適当なところを見つけてもらうのがメインでした。
転職エージェントを使ったのは、今の運送業のときだけです。使ってみて、えらい安心した記憶があります。ぶっちゃけ、ハローワークより良かったですね。
転職回数が多い40代の僕が辞めてきた理由|退職理由を正直に振り返る
プロフィールにも書いてある通り、僕は転職がすごい多いです。ちょっとここでは、退職理由を正直に振り返ってみようかと思います。
退職理由は失恋・腰痛・パワハラ・人間関係
僕の退職理由は、それはもうひどいもので、まともな理由を探すほうが難しいくらいです。
例えば、新卒で入った某有名サッシ会社。ここの退職理由は、彼女と別れて仕事なんかどうでもよくなったから。その勢いで退職金を使って憧れていた留学をしました。ひどいですねー。
ほかにも、こんな理由で辞めてきました。
- 仕事のミスで、同僚からはぶられた
- ウェブライターの仕事をしていたくせに、お金がなくなった
- 給料が低くて、生活できなかった
- パワハラ(2つどころじゃなく、3つ)
- もうどうにもならなくて、何もしたくなくなった
体調を崩して辞めたのは、腰痛と、パワハラによる軽うつの2つです。それ以外は、上のような理由ばかりです。
本当に、「社会不適合者」という言葉がそのまま当てはまるような人間です、僕は。
転職理由を何も考えずその時しのぎで辞めていた
上にも書きましたが、腰痛と軽うつのとき以外は、退職理由を何も考えず、その場のノリで辞めていることが多いです。彼女と別れてやる気がなくなったとか、何もしたくなくなったとか、人間関係が嫌になったとか。
こうして並べると、基本的に仕事があまり好きじゃないのかもしれません。僕個人としては、仕事を好きだと思ってはいるんですけどね。どうなんでしょうね。
他人が苦手で同僚の粗ばかり目についた
もともと僕は他人が苦手なんですよね。
自分と違う考え方をしてるわけじゃないですか、他人っていうのは。だから、僕としては常識なんだけど、他の人からしたら常識じゃないというのが、すごく他人の粗に見えてしまって。「なんでこれもできないんだ」「なんでこんなこともできないんだ」と思っちゃいます。
冷静に自分のことを分析すると、そのおかげでストレスがどんどん溜まっていって、イライラしてきちゃうみたいな感じなんだと思います。
とはいえ、他人から見たら、自分も結構あらがあると思うんです。ミスも多いですしね。なんというかマルチタスクができないんですね、僕。
そういうところを見て、他の人も僕に対してイライラしてるのはわかります。でも、自分に甘くて他人に厳しい僕は、そういうのに気づかない、みたいな感じです。
「社会不適合者」という言葉が自分にしっくりきた
もうここまで読んで皆さんも気づくと思いますが、僕は社会不適合者って言葉がものすごく合うと思います。
常識があると思ってるけど、たぶん僕は常識がない。自分もミスが多いくせに、他人のミスばっかり責めちゃう。これは最悪ですよね。それでいて、自分の常識を押し付けるみたいな。
なんかほんと最低だな、僕。こんな人間が、普通の職場でチーム行動とかできるわけないですよね。普通の会社で働いちゃいけない人間なのではないでしょうか。
自分でここまで書いといてそんな感じしますね、僕。
転職回数が多い40代の僕が「人生終わった」と思ったどん底時代
ここまで人生を楽観的に生きてきた僕にも、「もう僕の人生終わりだな」と思った時期があります。介護の仕事でパワハラのようなものを受けて、軽うつと診断された頃です。ここでは、その頃のことを少し紹介します。
介護の仕事で玄関から足が動かなくなった
介護の仕事では、ご老人たちの送迎や、イベント、お遊び、食事などをしていました。いわゆる老人介護ですね。
その仕事をさせていただいた時期に、パワハラ的なものを受けていたんです。
前にも書いた通り、今思えば、僕に悪いところが結構あったと思います。嫌われる原因は、もともと僕にあったんでしょう。それでも、質問しても無視される、わかるように陰口を言われる、みんながやりたがらない仕事を回される。そういうことが積み重なっていくと、結構フラフラするときがありました。
そしてある時、家を出て会社に向かおうとしたら、玄関から足が動かなくなってしまったんです。
「あ、これまずいな」と思って、部屋に戻りました。
心療内科で軽うつと診断されニートになった
その日はお休みを申請しました。翌日には治るかなと思ったんですけど、数日たっても治らなくて。
心配した兄貴やお袋たちに、「身体的なもんじゃないと思うから、心療内科を受けてみな」と言われて、受けてみたら、軽うつと診断されました。そのまま休職して、退職という流れです。
そこからは、もう何もやる気がなくなりました。「俺は本当に社会不適合者なんだな。人と一緒に仕事するのはダメな人間なんだな」と思って、完全にニートになったんです。
貯金もほとんどなかったのに、実家住みだったので生活は全部お袋たちに任せて、一日中寝たり、アニメを見たり、ゲームをしたりしていました。
ほんとダメ人間。
母親に怒られてもう一度働き始めた
そんな生活を、約半年くらい続けました。
そうしたら、さすがにお袋がキレたんです。「あんた、いい加減に仕事しなさいよ。生活できないでしょ。生活費入れなさいよ」と。
親父や兄貴は、あまり強く言ってきませんでした。精神的にやられている人間って、ほら、触れてはいけないような雰囲気になるじゃないですか。でも、お袋だけはガンガン来ました。
それで、以前お世話になった派遣会社に、正直嫌々ながらもう一度連絡して、また仕事を始めた感じです。
30過ぎたオッサンが本当に情けないですね。
転職回数が多い40代の僕が運送業に落ち着けた理由
こんな僕ですが、前に書いた通り、軽うつと診断されてニートを経験した後、派遣社員として働き始めました。その後も、なんだかんだ言って何回か辞めています。プロフィールに書いてある通りです。パワハラやら腰痛の再発やらで辞めたのですが、最終的に今の運送業で落ち着きました。
正直、この仕事は、僕が今まで経験した中で一番合っています。ここでは、その理由を話していきます。
基本1人作業なので他人が苦手でも精神的に楽
前にも書いた通り、僕は他人と一緒に仕事をするのが、たぶん合っていません。苦手です。
でも、運送業は基本的に一人作業です。最初の1週間ほどは、道順や作業を覚えるために同乗しますが、それさえ終わってしまえば、たいてい一人で作業します。
なので、他人と一緒に仕事をするのが苦手な僕でも、とても気楽に作業ができています。すごく精神的に楽です。
車内では音楽、現場ではいつもの手順を黙々と繰り返すだけ
運送業なので、基本的に運転する時間が長いです。僕の場合、だいたい片道150キロほど走ります。
でも、車内では音楽を聴いています。走るのはだいたい高速道路なので、非常に楽ですね。
現場では、見出しの通り、いつもの手順を黙々と繰り返すだけです。やるのは、商品が合っているかどうか、間違えないように確認する作業くらい。焦らなければ大丈夫ですし、マルチタスクではないので、僕でもできます。
今のところ、ミスはもちろんありますけど、大きいミスはないですね。
面接で転職回数を突っ込まれなかった|「良い人そうだし」で通った
ここで転職の話になりますが、この運送業への転職は、すごく楽でした。
一応スーツを着込んで、転職エージェントさんと面接の練習もしました。でも実際の面接では、面接をしてくれた社長が一人で履歴書を確認して、質問自体はほとんどありませんでした。聞かれたのは「転職回数、多いですね」くらいです。
退職理由も、聞かれたのは最初の頃の2、3個だけでした。スノーボードをやっていて、毎年のように辞めていた頃の仕事です。そこは結構正直に、ほぼそのまま話しました。それ以外は、特に聞かれませんでした。
そうしたら、「いい人そうだから、いいでしょう」で受かっちゃいました。
実際、人手不足というのはあったんですけど、給料的にも問題ないし、気が楽です。今は満足しています。
転職回数が多い40代の僕が、20回の転職でわかったこと
ここでは、転職回数が多い40代の僕が、20回の転職でわかったこと、気づいたことを書いていこうと思います。
ただの経験なので、「こんな感じなんじゃないかな」という曖昧なものです。でも、僕と同じ悩みがある方には、参考になるかと思います。
20回辞めて、人と一緒の仕事が合わないとやっとわかった
ここまで散々書いてきましたが、20回辞めてみて、僕は本当に人と一緒に仕事をするのが苦手なんだと思います。
もともとの人間性なのか、そうやって生きてきてしまったのかは、ちょっとわかりません。ただ、一人で生きていくことに、特に苦痛を感じたことはありません。
友達がいたほうがいいって言いますけど、どうなんでしょうね。僕はそこまで友達の必要性を感じていなくて、家で一人でまったり過ごすのが好きなタイプです。
皆さんの中にも、僕と同じようなタイプの人はいるのではないでしょうか。
一人作業の運送業は、結果的に僕の性質に合っていた
正直、運送業は今働いているところが初めてです。20回の転職の中で、初めて。
僕は、運転がただ好きなだけの人間です。スピードを出すわけでもなく、ただ流れに乗ってドライブするのが好き。長時間運転しても疲れません。
昔から運送業には興味があったんですけど、いろんな事故を見ていると怖くて、今まで手を出せませんでした。
ただ、とにかくお金が欲しかったんですね、僕は。そう考えて求人を見ると、今は運送業が上のほうに出てくるんです。もともと興味もあったので、今回は「いつも通りすぐ辞めちゃってもいいから、ちょっと挑戦してみようかな」という軽いノリで始めました。
結果として、僕の性にはすごく合っていました。
前にも書いた通り、運転中は好きなことができるし、基本的に一人作業です。音楽を聴いたり、AmazonのAudibleで小説を聴きながら運転したりしています。
眠くなったら、すぐ寝ればいいだけ。高速道路ならサービスエリアやパーキングエリア、一般道なら広めのコンビニに停めて寝ます。同じルートを走るので、コンビニの大きさや位置はだいたい頭に入っています。苦痛をまったく感じないんですよね。
その時しのぎで辞めずに、理由を考えればよかった
ぶっちゃけ、これだけ辞めてきて、後悔しているところもあるんです。
例えば、水のフィルターの製造。ほぼ夜勤でしたが、ずっと同じところに立って、同じような製品を延々と作る作業だったので、結構楽でした。ただ、やっぱり他人の動きが気になりました。
あとは、某建機の下請け。フォークリフトを使って部品を供給する仕事をしていました。フォークリフトの運転自体はすごく楽しかったし、部品のピッキング作業も、基本的にほぼ一人だったので楽でした。ただ、ときどきある集団行動は、やっぱり苦手でしたね。
こんな感じで、今思えば「もう少し続けてもよかったかな」というところはありました。辞める前に、理由を考えてね。
転職エージェントに相談したら、一人で探すより安心できた
それで今回、初めて転職エージェントを利用しました。
転職エージェントは、派遣会社の延長線上という感じですかね。派遣会社も、ある意味エージェントです。面接の練習にも付き合ってくれましたし。違いと言えば現場にも一緒についてきて派遣先に説明してくれるので、派遣される僕は、ただ現場見学をすればいいだけでした。
転職エージェントは、写真さえ渡せば、履歴書や職務経歴書を作ってくれます。面接の練習もしてくれるし、面接の日程も調整してくれました。
派遣を使わない仕事探しだと、ほぼ一人でやるしかありません。面接の練習も一人、履歴書も職務経歴書も全部一人です。これって結構重荷に感じると思うんですが、皆さんはどうでしょう。僕はすごく重荷に感じました。なので、今回転職エージェントさんに相談したのは、すごく良かったです。
それに、ネットに載っていない仕事、ハローワークに行かないと見つからないような仕事も扱っていて、その会社の情報も持っていました。離職率や仕事内容を詳しく知っていたので、そこも安心できましたね。
まとめ:転職20回の僕でも、人生終わりじゃなかった
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ここまで書いてみて気づいたのは、やっぱり僕には「社会不適合者」という言葉がとても合っている、ということです。ひどいですよね、正直。僕が採用担当だったら、履歴書を見た時点で、ちょっと終わっちゃいますかね。
ただ、職務経歴書には退職理由を書かなかったので、そこはまあ、よかったのかなと思います。面接で聞かれたらどう答えようかな、とは思っていたんですが、今の運送業の面接で聞かれたのは、スノーボードをやっていた頃の2、3個だけでした。まあまあ、いいところに落ち着けたかなと思います。
今悩んでいる方に伝えたいのは、「人生は有限ですが、仕事は無限です」ということです。
どんなに転職回数が多かろうが、自分に合っている仕事は見つかるんじゃないかなと、今つくづく思っています。なので、転職したいと思ったら、諦めずに、いろんな仕事を探してみてください。
もう疲れて嫌になって、人生を諦めたい。うつになって、死んじゃいたい。そういう話をよく聞きます。だったら、思い切って転職するとか、いろいろ道はあると思います。
僕も玄関で足が動かなくなったとき、家族に言われて心療内科に行きました。もし今、本当に死にたいくらいつらいなら、仕事を探す前に、まずは誰かに話してみてください。
疲れた、きつい、辞めたい。僕に合う仕事なんてない。そう思っている人も、諦めずに探してみてください。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。また次回も、どうぞよろしくお願いします。
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